相続人が複数ある場合において、そのうちの一部の方が認知症であったときなど、相続人に自由な意思決定が難しい状態の方がある場合には、そのままでは遺産分割協議(遺産分けの話し合いのことです)をすることができません。

遺産分割協議をするためには、相続することの意味はもちろん、遺産分割協議の内容、その法的な効果なども理解することができることが前提となりますから、自由な意思決定ができない状態では、その方ご自身が遺産分割協議をすることは認められません。

たとえば、認知症の相続人を除外して遺産分割協議をしたり、他の方が代筆等を行っても、その遺産分割協議は無効なものとなります。そればかりか、勝手にその方の名前で遺産分割協議書にサインなどをすれば、たとえ親族の方でも私文書偽造等の罪に問われる可能性もあります。

このように、相続人の一部に認知症等によって自由な意思決定ができない方がある場合、その方には『成年後見人』を付け、その『成年後見人が認知症の相続人に代わって遺産分割協議に参加する』ことになります。

それでは、複数の相続人のうちの一部の方が認知症等によって自由な意思決定ができないという事例ではなく、唯一の相続人(単独の相続人)が認知症等により自由な意思決定ができない場合はどのようになるのでしょうか。

今回は、そのようなケースについてご紹介します。

そもそも、成年後見制度を利用せずに相続することができるのか

結論から申し上げますと、認知症等により自由な意思決定ができない方でも、成年後見の制度を利用せずに相続することは可能です。

認知症等によって自由な意思決定ができないといっても、法定相続人である以上は相続する権利はあるわけですから、当然と言えば当然ですね。

一方で、相続人には、単純に相続をするばかりでなく、『相続をしない』という選択をする自由もありますから、相続をするにしても、相続をしないにしても、相続人自身がそのことを判断する能力が必要となるわけです。

そうしますと、相続することは可能であるといいながらも、認知症等によって自由な意思決定ができない方は、ご自分が相続人となった相続について『相続するとも相続しないとも決められない状態』にあるということなります。

このことから、相続が開始して唯一の相続人が認知症等によって自由な意思決定ができない場合、その相続人には財産を相続する権利はあっても、実際の相続手続を進めることが難しいという問題が生じます。

少し話は逸れるかもしれませんが、相続放棄をする場合、一般的には自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に家庭裁判所に対して相続放棄の手続をとる必要がありますが、上述のとおり、自由な意思決定ができない方の場合には、その方に成年後見人等の法定代理人が付いてから3ヶ月以内に相続放棄の手続を行えばよいとされております。
つまり、認知症等によって自由な意思決定ができない方の場合、相続をするも相続を放棄するもご自身では決められないのだから、成年後見人などの法定代理人が付かないうちは、『3か月以内に』という相続放棄の期限は進行しないということです。

とはいえ、実際に相続手続を進めるのが難しい

上記のとおり、唯一の相続人が認知症等によって自由な意思決定ができない方である場合でも、その方が法定相続人である以上は単独で相続することが可能です。

ただし、唯一の相続人が認知症等によって自由な意思決定ができない場合、そのご家族(例えば、亡くなった方の兄弟姉妹が唯一の相続人である場合の当該兄弟姉妹の配偶者など)が本人に代わって相続手続を行おうとしても、次のような問題に直面することになります。

預貯金や株式などの相続手続きが進められない

銀行や証券会社などでは、窓口での本人確認はもちろん、意思確認を行いますから、唯一の相続人が認知症等の場合、そのご家族が窓口に出向いて預金の解約等の手続を行おうとしても、認めてもらえない可能性が高いです。
このことは、本人が認知症等であって、そのご家族が本人の利益のために本人に代わって手続をしてあげたい、といった場合でも同様です。
金融機関側は、本人から直接依頼を受けた代理人や成年後見人等の法定代理人など、正当な代理権を有する方でない限り、本人に代わって手続をすることを認めてくれません。

司法書士や税理士などの専門家へ相続手続を依頼できない

相続手続を司法書士や税理士などの専門家に依頼する場合、あくまでも依頼をするのは相続人本人でなければなりませんから、いくら本人のためであったとしても、そのご家族が本人に代わって専門家に依頼することはできません。
また、専門家の側がご家族から依頼を受けようにも、そのご家族自身が相続人ではない場合には、相続に関する手続において、戸籍の取寄せや不動産の名義変更、税務申告などの職務を遂行することができません。要するにご家族であっても法的な権限がない方からの依頼に基づいて手続をすることは、仮に専門家の側が良しとしても(良しとすることはありませんが)、手続をする先の役所や金融機関が認めてくれることはありません。

相続した不動産を売却することができない

相続した財産の中に不動産がある場合、唯一の相続人はただ一人の相続人なのですから、法的には相続人として不動産の所有者になることはできます。ただ、実際に相続人の名義に登記を変更しようにも、その方ご本人に意思決定ができない以上、登記の変更手続を自ら行うことも、司法書士に名義変更を依頼することもできません。
まして、その不動産を売却する、といった重要な処分行為は、本人に意思決定ができない以上は不可能です。仮に成年後見人等を付けないまま本人に代わってご家族が売却等の処分行為をしてしまった場合、その行為は無効な処分行為となりますから、後日その売却が無効となって相手方等とのトラブルが生ずれば、刑事罰を受けたり相手方から訴訟や損害賠償等の責任を問われかねません。

まとめ

以上のとおり、唯一の相続人が認知症等により自由な意思決定ができない場合、複数の相続人間で遺産分割協議をしなければならないといった問題は起きませんが、実際に相続手続を行うことは難しいといえます。

唯一の相続人が認知症等の状況では、その方の配偶者やお子様が本人に代わって相続手続を進めようと考えることが多いでしょう。

相続の手続では、戸籍をはじめ色々なを集めたり金融機関等へ出向いたりといったことが必要となりますが、相続人ではない方(ご家族であっても)は本人に代わって手続を行うことはできません。
「家族だから」とか「本人のため」、「相続できないと困る」といったご家族のお気持ちやご事情は、良く分かります。
しかし、現実的にはどこの役所や金融機関でも本人確認や意思確認は必須ですし、家族であっても判断能力のあるご本人から依頼を受けていない限り、その方は本人の正当な代理人とはいえませんし、果たしてそれが本人のためなのかどうなのかは客観的に明らかとまではいえません。

そのため、相続人が1人しかいない場合には、遺産分割協議の問題は生じないものの、実際には成年後見制度を利用を検討しなければならないケースが多いといえます。

唯一の相続人が認知症等によって自由な意思決定ができず、相続手続が進められずお困りの方、是非、当事務所にご相談下さい。

 

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